ANMELDEN重い静寂が支配する中――、俺とラビッツは屋上へと降り立った。 あふれる涙を拭いて、最後の挨拶をしに顧問の前へと進む。父のことはいったん無視だ。「……顧問」「やっと俺も還れるよ」 消えかけているというのに力強い笑顔だ。 「今まで、ありがとうございました」「ほらよっ」 何かを投げられた。 受け取ったそれを見ると。「…………っ!?」 ピーマン!? 大きいピーマン!? 危うく声をあげそうになった。こんな、光の海の中で大親友が崩れ落ちている時に「ピーマン」なんて単語は発したくない。「穴を開けてみろ」 なんでだ! 俺は一体何をやっているんだろうという気持ちに支配されながら、グサリと指で穴を開ける。「あ……」 中からは、いつも顧問が首からぶら下げていたネックレスが出てきた。思念体である顧問の存在を濃くするために昔、父が渡したものだ。「すごいだろう。魔法じゃ無理だ」「そ……うですね」「手品の練習をしていた。嫌な気配を感じた。様子を見に行って――、セイナと共に命を落とした」「はい」 手品の内容までは、ゲームには書かれていなかった。「そこまではきっと、お前の知る話と同じなんだろうな」「……え?」「先生になるのが夢だった。それなのに志半ばであの世行き。よく分からないまま、ここでも先生になるんだと頑張ったさ」 どういうことだ? 顧問も転生者だったのか?「舞台が揃いお前たちの名前を知り、ここは友人が話していたあの世界なのかもしれないとやっと知った。そうして俺は、この世界の神さんに願ったのさ。生徒を明るい未来へと見送ってこそ先生だ。最後の一人にも、違った未来をと」「最後の……一人」「いい顔で旅立っていくあいつを見られて満足だ。俺はもう行くよ」「あっ……」「バルトも元気でな」 父が寂しそうな顔で手をあげた。「先生こそ、あの世で無茶しないでくださいよ」「はっは! もう一度現世に戻るのさ。きっと、生まれ変わってな。じゃ、達者でな!」 満面の笑顔と共に、ふわっとあっけなく夜に溶けた。 溶けて……しまった。「ありがとうございました!」 届いているかも分からない言葉を空へと投げる。他のパトロール隊員も、ひとり、またひとりと同じように頭を下げ、声を重ねた。「ありがとうございました……!」 光に包まれた夜の空気に、希望が灯
光の塔は、学園の旧校舎の近くにそびえる白亜の塔だ。螺旋階段で頂上まで登れる。頂上は円形の祭壇で、開かれた空間となっている。 いつもは人のいない場所。 けれど今は、夢結びの儀のために集まった生徒たちが塔をぐるりと囲み、張られたロープの向こう側から息を呑んでこちらを見つめていた。夕日が彼らの顔を赤々と照らしている。 ――昼の名残が夜に溶けていく。 ロープの内側には、俺の侍従と共にラビッツもいる。婚約者として、そして俺を支える者として。 祭壇で杖を掲げ、定められた祈りの詞を口にする。「――ここに、我らが願いを結び天に還そう。世界を守りし女神よ、聞き届け給え」 自分の声が震えて聞こえる。 本来なら胸が踊る場面のはずだ。ゲームで見た時は、光が昇るシーンに鳥肌が立つほど感動した。いよいよラストが迫ってくるぞと。 けれど、今は違う。リュークの顔が……あの言葉が頭から離れない。『当たり前の毎日が怖いんだ』 思い出した瞬間、胸が締めつけられる。 ――大丈夫、大丈夫だ。 信じろ。 自分を信じろ。 皆を信じろ。 ラビッツを信じろ。 セイナを信じろ。 リュークを信じろ。 この世界を……信じるんだ。 なぁ、女神。 俺をわざわざ転生させたんだ。まさか、親友の悲恋なんて結末を用意してないよな? 自分の中から不思議な力が外へと解き放たれる。やがて、どこからか淡い球体の光が生まれた。生徒たちの願い、希望――それらが無数の輝きとなって形を成す。 王都が光に満ちる。 学園が光に満たされる。 ゆらゆらと空へ向かう数え切れない誰かの願い。まばゆいばかりの光に彩られて、生徒たちから歓声があがる。 まるで世界から取り残されているようだ。誰もが楽しそうに浮かれているのに……俺は。いや、俺たちは……。 ――王族の務めは果たした。 侍従へと手で合図を送る。王宮へ送られていた映像が止められたはずだ。 大きな拍手の中、俺は大きく息を吸った。「王子としての務めは今、終えた。ここからは一人の生徒、ニコラ・スタッドボルトとして皆に頼みたいことがある。その話をする前に少しだけ待ってほしい」 ラビッツと視線を交わす。「ラビッツ・ロマンシカ、こちらへ」 彼女が打ち合わせ通りに光の塔を昇る。俺の元へとゆったりと向かう。 ただの、時間稼ぎだ。 頼むぞ……! 俺
「悪いな、こんなところまで」 夢結びの儀の前日、リュークに呼び出された。湖のほとりには、俺とラビッツ、そしてリュークの三人だけだ。 冬の冷たく澄み切った空気が頬を撫で、ぶるりと震える。「リューク……」「二人には申し訳ないと思ってるんだ」「え?」 リュークは普段、どれだけ苦しくてもそれを見せない。けれど、最近は心ここにあらずの状態が続いていた。「わざと盛り上げてくれていると分かってた」「…………」「俺たちの前で二人がイチャつかなくなったことも分かってた。気遣ってくれてたよな」「イ、イチャついて、は……」「リュークはどうするつもりなんだ」 あの、アナザーストーリーの光景が脳裏に浮かぶ。 リュークとルリアンが結ばれ、セイナを妹のように可愛がり、絆を深める。夢結びの儀のあとにセイナが天に還り――それから何年も経ち、セイナにそっくりな子どもが生まれる。三人で手を繋いで歩く光景だ。 もう、その未来への道は閉ざされた。「当たり前の毎日が怖いんだ」「え……」 まさか、リュークが弱音を吐くなんて。「あいつを皆が、最初からいたものだと思っている」「ああ」「それも、もうすぐ消える」「……そうだな」「同じものを見て笑ったり驚いたり。そんな当たり前が、なくなるんだ」「…………」「ずっと一緒にいたよ。皆に見えない時だって、あいつは台車に乗って笑ったり、団子を見て食べたいと騒いでいた」「…………っ」 いたのか。 ずっと、いたのか。 アナザーストーリーは秋から始まっていたから……俺はゲームの記憶によって、目が曇っていたんだな。 俺は、大馬鹿者だ。 リュークがここまで弱さを見せるのは、俺とラビッツの前だけなのだろう。胸が痛い。彼女の存在が消える可能性を思うと、何も言えない。「セイナをこの世に繋ぎ止めておくことはできないのか、ニコラ」 ここまで……追い詰められていたのか。バッサリとあの踊るくま人形を浄化したリュークが、そんな言葉を吐くくらいに。「伝統行事である夢結びの儀をやめることは……できない」「ああ」「でもあれは、ただ願いが光となって見えるだけなんだ。世界中でもこの月になるとあちこちで光が空を舞う。夢結びの儀は、小さな願いまで光に変えて空へと届けるだけで――、」「セイナはどうなるんだ」 言いたくない……。 言いたくないん
ねぇ、リュークくん。 私はずっと楽しいだけの思い出がつくれなかったから、こうやって戻ってしまったんだって思ってたの。 バルトくんが学園にいたあの頃。 皆ともっと一緒にいたくて。 自分がもう生きていないことは分かっていたけど。誰にも私のことは見えないけど。でも、側にいたくて。 そうしたら、突然秋になったら私の姿が皆に見えたの。今まで一緒にいたことになって。記憶が一部書き換わっていて。でも、私が事故に遭ったことを皆も知っているから、気持ち悪そうな目をする人もいて……。 そして、バルトくんが夢結びの儀をして、皆の偽物の記憶は全部消えたんだ。 私は秋に思念体として現れて冬に消えただけの、もう亡くなった女の子になった。 私が消えなかったことを知っているのは、バルトくんと教頭先生と、古株の先生だけ。 他の人も噂では知っている。この校舎が旧校舎になったあたりから肝だめしに来る生徒が多くて、私が追い返すようになっちゃったから。怖がらせずに、やさしく出口へと導いた。 先生のことを皆が見えるのはズルいと思う。先生は「お前を見送るまで消えないと俺は決めているからな。お前は違う。消えたくないと願うのと同じ強さで、空に還らなければとも思っているんだろう」と言っていた。 そうなのかもしれない。 私は本来ならもういない人。 ここにいるべきじゃない。 そう思ってるから……こんなに不安定な存在になっているのかもしれない。 ――リュークくんたちには、たくさんの思い出をもらった。 歓迎会もしてもらったし、学園のイベント「魔女の夜」や「魔法競技祭」にも参加させてもらった。学園からは出られないけど、すごく楽しかった。 私が事故に遭ったことを、皆知らない。知っている人も、知らないふりをしてくれる。だから、気持ち悪そうな目もされない。たくさん笑うことができた。たくさんはしゃぐことができた。 幸せな時間だった。 儚くて、でも私の心を満たしてくれた時間。皆やさしくて、当たり前のように私を受け入れてくれた。そうなるように、リュークくんやニコラくんも頑張ってくれた。そうして短くても濃密な時間を過ごして――。 ねぇ、リュークくん。 私はもしかしたら楽しいだけの思い出が欲しかったからここにいると思っていたけど……違ったのかもしれない。 本当にしたかったのは――……。
あれから、パトロール隊の活動は少し忙しくなった。『ポチの部屋』にはよくセイナも入り浸っているようだ。「思念品はお仲間って感じがするんだよね。この部屋のデザインも好きだな」と言っていた。 踊るくま人形をザクッと浄化したことをセイナにもブーブー言われたのは、仲間意識があつたからなのか……。 ボトルフェスは「瓶と持ち主がセットで落ちていればいいのにな」と言ったらセイナが湖近くのラグナシアのことを教えてくれた。意識すれば学園内のことを視ることも感じることもできるようだ。 プールで水面ダッシュしていた時はふわふわと俺の首に巻き付くようにしてキャーキャー言っていたし、ラッキースケベ事件(?)の時はさんざんニコラたちをからかっていた。 ……聞こえてはいないけどな。 そして、とうとう秋が来た。 セイナの姿を誰もが見えるようになった。皆の記憶も書き換わった。セイナがわざとやっているわけではなく、「皆ともっと遊びたかった」という強い願いのせいか、そうなってしまうようだ。ニコラの父親の時もそうだったらしいので、予想通りだそうだ。 俺の記憶だけは書き換わっていない。 皆と齟齬が発生するので、あまり過去の話はしないようにしている。 ニコラの提案で歓迎会まで行われることになった。ニコラは全員の歓迎会だと言っていたが……間違いなく、彼女の事情を知っているのだろう。 学園の中庭。 屋台のように机や椅子が並べられている。秋晴れの空に、浮遊式の灯りが紐につながれてふわふわ浮かんで賑やかだ。「完全に祭りだな」 ニコラがふふんと胸を張る。「皆で準備すると、そうなるよな」 ラビッツはテーブルの上にクッキーの山を積んでいる。焼き立てらしく甘い香りが漂ってきた。他にも色とりどりのカラフルゼリーが紙皿に並べられている。マカロンもまたカラフルだ。 ラビッツがクッキーを割って、セイナの口に差し出した。「セイナ、どうぞ」「えっ、も、もう?」「味見よ、味見。はい、あーん」「あ、あーん。おいひいでふっ! でも、さっきも味見したよぉ?」「青空の下の味見は格別よ」 ラビッツも残り半分のクッキーを口の中に放り込んだ。「うぎゅ。本番で食べられなくなりそうだよぉ。でもでも、おいしい〜」 食べなくても大丈夫なのは変わらないものの、姿が皆に見えるようになったことで食べられるようにはなっ
立食交流会の翌日。空は雲ひとつなく澄み切っていた。旧校舎の屋上に吹く風は、爽やかな五月の香りがする。 そこに、セイナが立っていた。他の誰とも違う、いつも通りの昔の制服姿で。「ごめんね、ドレスじゃなくて」 彼女の瞳は不安そうに揺れていた。「どうしても、最期の時の姿になっちゃうんだ。秋になれば、着替えられるんだけど」 その言葉に、ハッと息をのむ。 いつか皆にも見えるようになる。俺だけの特権ではなくなる。それをほんの少しだけ残念に思ったのか、そのあとの別れを考えてしまったのか。「……顧問は、アレが最期の姿だったのか」 誤魔化すように思わず口にした俺の問いに、セイナは肩をすくめて少し悪戯っぽく笑った。「あはは、実はそうなの。あのイカツイ感じのネックレス以外は、そのまま。種も仕掛けもあるすっごい手品を、私たちの前で披露しようとあの格好で練習していたらしいの。内ポケットとか、あの服に実は仕掛けがいっぱいあるんだ。その時に、おかしな魔法の気配を感じたんだって」 髪が、風にさらわれて舞い上がる。この旧校舎でだけ、彼女は生きている人間らしくなる。「私は寮に戻る途中だったんだけど、変な胸騒ぎがして……校舎の方にUターンしたの。今のここ、旧校舎にね。その途中に昔は発電装置があったんだ。機械室って名前だったけど小屋みたいになっていて、中に入るのも今と違って簡単だった。ちょうど先生と同じタイミングだったの」 語りながら、彼女の視線は遠くの学園内に向けられていた。生徒たちが何人か歩いている。ただそれだけの日常を、羨ましさと懐かしさが入り混じったような表情で見つめている。「顧問の性格が謎だな」 俺がそう返すと、セイナは振り向いて笑みをみせた。「私がつい距離感を間違えちゃうから……先生はもっと距離感を間違えて、私が浮かないようにしてくれてたんだよ。でも先生の手品はすごかったな。穴の開いてないピーマンの中に、なんとコインがワープするんだよ」「それはすごいけど、地味だな」「そうなの。すごいけど地味で、地味だけどすごいの」 いい先生だったんだろうなと思う。「そっか。じゃ、今から二人だけの交流会をやろうぜ。お前昨日、来なかったしな」 ドレスを着れないから絶対に行かないと言い張っていたが、本当に来ないとは。「行かないに決まってるよ。みじめだもん。女の子はみーんな







